数学、特に
線型代数学における
ベクトル空間(ベクトルくうかん、)、または、
線型空間(せんけいくうかん、)は、
ベクトルと呼ばれる元からなる集まりの成す
数学的構造である。ベクトルには和が定義され、また
スカラーと呼ばれる数による積(「スケール変換」)を行える。スカラーは
実数とすることも多いが、
複素数や
有理数あるいは一般の
体の元によるスカラー乗法を持つベクトル空間もある。ベクトルの和とスカラー倍の演算は、「ベクトル空間の
公理」と呼ばれる特定の条件(後述)を満足するものでなければならない。ベクトル空間の一つの例は、
力のような物理量を表現するのに用いられる
幾何ベクトルの全体である(同じ種類の任意の二つの力は、加え合わせて力の合成と呼ばれる第三の力のベクトルを与えるし。また、力のベクトルを実数倍したものはまた別の力のベクトルを表す)。同じ調子で、ただしより
幾何学的な意味において、平面や
空間での変位を表すベクトルの全体もやはりベクトル空間を成す。
ベクトル空間は
線型代数学における主題であり、ベクトル空間はその
次元(大雑把にいえばその空間の独立な方向の数を決めるもの)によって特徴づけられるから、その観点からはよく知られている。ベクトル空間は、さらに
ノルムや
内積などの追加の構造を持つこともあり、そのようなベクトル空間は
解析学において主に
函数をベクトルとする無限次元の函数空間の形で自然に生じてくる。解析学的な問題では、ベクトルの
列が与えられたベクトルに収束するか否かを決定することもできなければならないが、これはベクトル空間に追加の構造を考えることで実現される。そのような空間のほとんどは適当な
位相を備えており、それによって近さや
連続性といったことを考えることができる。こういた位相線型空間、特に
バナッハ空間や
ヒルベルト空間については、豊かな理論が存在する。
歴史的な視点では、ベクトル空間の概念の萌芽は
17世紀の
解析幾何学、
行列論、
連立一次方程式の理論、
幾何ベクトルの概念などにまで遡れる。現代的な、より抽象的な取扱いが初めて定式化されるのは、
19世紀後半、
ペアノによるもので、それはユークリッド空間よりも一般の対象が範疇に含まれるものであったが、理論の大半は(
直線や
平面あるいはそれらの高次元での対応物といったような)古典的な幾何学的概念を拡張することに割かれていた。